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大杉日香理、今日も旅ゆく

新婚旅行は古戦場

新婚旅行は国内ですよ~に反応した方のために~ 信州は川中島。 武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いで有名ですね~。 結婚前は入り浸るように、数ヶ月に1回行っていたのですよ。 現在、川中島古戦場として、武田信玄が本陣をおいた辺りが 神社や歴史博物館?のような史跡になっております。 上杉謙信が武田信玄の本陣の中まで単騎で向かっていって、 信玄に斬りつけたという、川中島の見どころのひとつ。 斬りつけられた際、信玄は手にしていた軍配で剣を受け止めるわけですが、 謙信が去った後に軍配を見たら、3回受け止めたハズなのに、キズは7コあったという。 三太刀七太刀(みたちななたち)といいます。 と、歴史話、特に武田関連を語らせたら何時間あっても終わらない~ 日本史好きですが、中でも武田方の武将が歴史上1番FANなのでね。 川中島は桃が有名、他にも杏も有名です。 この桃を食べたくて、新婚旅行には川中島を選びました。 な~んて書いても誰も信じちゃくれないでしょうが、 ええ、その通りでございます。。。 新婚旅行は、川中島史跡巡りでございました。。。 だって、いつもひとりで行っても、車がないと行けない場所ばっかりなんですよね。 新婚旅行なら旦那が運転してくれるし… だって、どこでもいいっていうんだもん…… 謙信軍が闇に紛れて川を渡った場所とか、 信玄の戦死した弟の墓とか、 謙信が陣を張った場所とか、 武田方の前線にある城とか、 好きな武将の墓とか、 とかとか… 当時はまだ2007年の大河ドラマや2009年の大河ドラマで 武田や上杉がメジャーになっていなかったのですよ。 だから、史跡に行っても私達以外誰もいないんですよね。 そんなワケで、2ショット写真が1枚もないという、新婚旅行1日目。 行くまで気が付かなかったんです。 川中島の後に長野の善光寺や、松本の松本城にも行きましたので 1日目のリベンジのように2ショット写真撮りまくりましたが。 ただひとつの心残りは、山本勘助の墓にたどり着けなかったコト。 当時はまだ2007年の大河…以下略 ですから、山本勘助の墓への案内もなく、生い茂る木々も盛りだくさんの中、 道が見つけられず断念。 きっと今は大河ドラマの影響で、道が整備されているはず!! リベンジ旅行に行ってみようと思う、今日この頃。 【関連記事一覧】 大杉日香理の生成1~幼少編~  大杉日香理の生成2~未成年編~  大杉日香理の生成3~新米ママ編~ 大杉日香理の生成4~可能性開花編~ 

大杉日香理の生成2~未成年編~

実は600歳?いやいや3000歳でしょ?疑惑をすでに公認の事実とされている@大杉日香理です。 いきなり釈明ですが、昭和生まれです。 明治でも江戸でもなく、まして室町時代やソロモン王の時代にいた記憶はございません。さて前回の続きです。前回はこちら ⇒大杉日香理の生成1~幼少編~ 魂(直霊・なおひ)を初めて体験したのは、小学校2年生の時。 親戚が亡くなり葬儀に参列するために、親戚の暮らす地方に行った時でした。 地方なので葬儀も家で行ない、通夜の後に棺桶を覗いた時に、 薄っすらと感じる光の玉と、誰かからの声。 当時の私には超衝撃的で、誰にも言えずに思考がフリーズ。 今にして思えば、それは魂(直霊・なおひ)で、声は亡くなった親戚とその産土神だったとわかるのですが。 死んだらどうなるのか? と考えるものの、まだまだこの世に未練たらたらで、怖くてその後も思考がフリーズ。 それ以降、子供時代には近親者の死と巡り合わなかったため、魂についての考察は保留となっていました。 何よりも怖いものを見たくないため、幽霊や心霊現象系はアクセスしないようにしてます(現在進行形)。 このスタンスが、後々活かされてくるとは思いもよらない小学校の頃でしたが。 あ、幽霊でもご先祖様は別ですよ。大事ですからね~  ↑ 短大時代に史跡巡りにハマっていたころのエッセイ。 出かける度に、旅行記をせっせと作っていました。 歴史に興味を持ったのは、覚えている範囲では小学校6年生。 鎌倉に遠足があったため、「源平合戦」を新年度早々に習ったあたりからですね。 その時にテレビで「武蔵坊弁慶」(中村吉右衛門~)が放映され、これが楽しみでした。 学校でも武蔵坊弁慶ファン(牛若丸と義経のファンですがね)ができ、 一緒に歴史を調べたり、壁新聞を月1回発行していました。 父親も社会科の先生になりたかった歴史好きなので、 当時時代劇を見ながら、いろいろと解説をしてくれたことを思い出します。 中学に入って大河ドラマで独眼竜正宗にはまり、両親に仙台&中尊寺へ連れて行ってもらいました。 続いて武田信玄で歴史上最愛の武将と出会いまして。 母の実家周辺は信玄関連史跡には事欠かないので、自然と足を延ばしました。 友人に大河ドラマの解説を延々と語っていたのはこの頃。 高校時代は史跡巡りとはいかないまでも、歴史ファンの友人にいろいろとレクチャーを受けていました。 興味ある時代が別なので、知らない話がわんさか。 短大時代にバイトで資金を貯めて、史跡巡りにハマったのもこの頃。 この頃も主に武田関連史跡。 史跡でその時代に思いを馳せるのが好きで、 資料集めのため現地の図書館や本屋に入り浸ることもありました。  ↑ これは高校生の時の作品(未完成) 昨年末に大掃除してたら発見 幼稚園時代から絵を描くのは好きでしたが、小学校4年頃から漫画やイラストを描くように。 中学では部活仲間と共に、作品展やイラスト集などを作成。 高校でも同じく、部活の仲間とそれぞれの興味分野において作品作成やストーリー分析をしていました。 漫画のストーリーを分析して作成する実践を友人たちと繰り返すことで、 現在の活動にある神様からのメッセージを噛み砕いて言語化する力に繋がっています。 この辺りの手法は、2014年下半期に講座化を予定しています。 高校の時は料理にもハマリ、今でいうキャラ弁やお菓子作りを毎日していましたね。 特にお菓子作りは材料の配合や個性を考え、その時の食べる相手の味覚に合わせて作成。 学園祭でケーキ屋をしましたが(部活の活動内容とは全く無関係)、即日売り切れ。 売り上げ過去最高額。 チラシ作りや認知活動、カフェ運営に関して、 当たり前のように行なっていたことを思い出しました。 短大は栄養科へ。 就職活動はバブルがはじけて氷河期真っ盛りでしたが、 短大最後の夏休みを就職活動に費やしたくない!! ということで、神頼み で進めることに。 遊びと勉強のメリハリをつけ、やる時はやるスタンスで、 成績や学内活動で自分の価値を高めることに専念。 一般的な就職活動はしなかったけれど、短大の教授や就職課の方からの推薦で、 クラス内最速で国立病院栄養部に就職決定! この時の神様へのお願いの仕方や現実的状況への転換(現実化)は、 現在の神縁ツアー(旧参拝ツアー)に活かされています。 し・か・も。 就職先で主人に出会ってしまったワケでございます。 長くなったので、また つづく 【関連記事一覧】 大杉日香理の生成1~幼少編~  大杉日香理の生成2~未成年編~  大杉日香理の生成3~新米ママ編~ 大杉日香理の生成4~可能性開花編~ 

大杉日香理の生成1~幼少編~

最近キャラ好き疑惑&変人疑惑がささやかれる@大杉日香理です。 いきなり釈明すると、可愛いものがすきなだけでキャラクター好きなわけではございません。 さて今まで書こうと思って書けないでいたプロフィール。 昨年下半期から別の用途で書く必要に迫られ、インタビューを受けるうちに思い出してた幼少の頃。 思い出してわかりましたが、かなり記憶の彼方に旅立っていたことが判明し、 自分のことながら思い出す度に新鮮な驚きを覚えます。 それらのひとつひとつが大杉日香理という人間を形作ってきた一部ということで、 まだ生成中の身ではありますが、何故アテアにたどり着いたのかをまとめておこうと思った記事です。 ↑ 若かりし頃の大杉 母の実家が長野県八ヶ岳周辺なので、実家帰省中に撮影したものだそうです。 (撮影場所は実家ではありません) 2歳ごろ天才バカボンが大好きで、バカボンのパパをお父さんだと言っていたらしい… (実際には全く似てませんがね) 私が覚えている一番古い記憶は、今のところ幼稚園入園前。 何歳かはわかりませんが、自宅で母にひらがなを教わっている記憶です。 その頃から自宅の庭や公園や路上などで、見えない存在達と交流をしていました。 本当に多種多様な存在ですが、当時の私はそれぞれを判別する知識はないので、 感じた存在を感じたままにありのまま対応していたようです。 樹木は樹木。 石は石。 山は山。 光る存在は神様であったり、妖精であったり。 土地は土地という捉え方でしたね。 これも大人になった今ではそれぞれの存在の違いをくみ取り、異なる存在であるというのもわかります。 当時はわからなかったけれど、お互いに交流を持つ親近感は今でも覚えている感覚です。 この頃の交流が、今の私の見えない存在との交流のベースになっています。 幼稚園に入いる頃はほとんど話をしない子供でした。 話そうとすると話したいことが一気に頭を駆け巡るので、第一声が出せず その人の言いたいこと、本当に思っていること、こうするとよいだろうなぁ~ということ、 その人に言いたいことがある見えない存在達の言葉など、一気に脳内を駆け巡る感じです。 漫画の吹き出しが頭の中にいっぱい的な。 特に相手の思っていることが感じられてしまうので、更に言葉に困るのですよね。 この頃から第三の目でものを見る練習や、瞑想、西洋占星術などを学んでいました。 子供だったのでおまじない的な位置づけだったのでしょうが、 自分で形霊(かたたま)や呪文を試しては検証し、西洋占星術は近所の友達に説明してましたね。 この頃に検証して使ってきた形霊(かたたま)や呪文を講座でお伝えしています。 なんでそんなことを知っていたかは今のところ記憶にないのですが、 多分図書館常連の成果や見えない存在との交流から始まったのだろうと思います。 何よりも、 自分に何ができるか知りたい 自分の持っていものを知りたい 人を理解したい 交流している見えない存在のこと深くを知りたい と思っていた園児でしたので…今思えば、変わっているのかもしれませんね。 あ、家は普通のサラリーマン家庭です。 父方の祖母とは同居で、家族仲も普通に良い家庭で育ちました。 親戚も多いので親戚づきあいもまぁ、ほどほどに得意です。 小学校に入ってからますます自分から話しかけられない度もアップしまして。 周囲が上手に友達を作っていく中、相変わらず友達が少なかったです。 それでも私の話に興味を持ってくれる場ができると、 延々とそれこそ何時間でも話をすることができたんですよね。 この頃ギリシア神話に興味があり、神話や全天星座の解説、 それに連なる西洋占星術の解説などをしてました。 覚えている最長記録は4時間。 よく話に付き合ってくれたものです。 これは中学生になっても健在で、 日曜夜に観た大河ドラマの内容を月曜に詳細に解説するという、 歴史に興味ないのに聞いていてくれた友人ってすごいなと改めて思います。 とはいってもこんなに話ができるのはごく少数で、学校では影をうす~くして気配を消すことを体得。 クラス発表があっても、出席しているのに私が参加していなくても先生も生徒も気が付かないという。 この頃からでしょうか、今まで感じていた存在が薄らいできたのは。 樹木や石、土地など現実に形があるものとの交流は途絶えたことはありませんが、 神様や妖精、その他実態のない存在との交流が消えていきました。 一生懸命に現実生活にマッチングしようとしていたんですよね。 感じることで煩わしいこともいっぱいあり、人の中を見たくなくて閉じていった感覚と共に、 神様や妖精など実態のない存在を感じないようにしてきました。 小学校4年生頃のことなので、そういう世界があって、そういう生き物がいるというのはしっかり記憶に残るわけで、感じなくなったからといって存在を否定するわけではありません。 単に私が感じなくなただけです。 ただ感じなくても見ていてくれている感覚は常にあったので、 現実的に苦しいことがあっても人の世界で生きることを否定することはありませんでした。 現在のアテアでもお伝えしている現実世界あっての見えない世界という感覚は、 子供の頃からの私の当たり前の感覚だったんですね。 そういえば、魂(直霊・なおひ)について初めて体験したのはあの時でした… 書いてて思い出しましたよ。 長くなったので、つづく。 【関連記事一覧】 大杉日香理の生成1~幼少編~  大杉日香理の生成2~未成年編~  大杉日香理の生成3~新米ママ編~ 大杉日香理の生成4~可能性開花編~ 

つきあって10日で結婚を決める2

結婚時の年齢を聞かれて、どうも早い方らしい?と感じています。 まずは、シリーズ?の1回目をどうぞ ⇒つきあって10日で結婚を決める1 真っ暗な中の初詣を無事に終え、徒歩15分の会社の駐車場に帰る途中で、 事件は起こりました! 同じ職場で旦那とつきあっていることは、もちろんナイショ。 というか、まだつきあって10日目ですし、ウワサにすらならない時期でございます。 しかも年末年始の仕事場は、社員の色恋沙汰にうつつをぬかしている場合ではないくらい忙しいワケで。 そんな一見平和に過ごしていけそうな状態で、神社の参道を出たところに……… 目の前に…… 暗闇の、1m先に……… ウワサ大好きなパートのおばさまに、発見されました。 (おばさま)「あら、日香理ちゃん。どうしたのこんな遅くに… (ちらっと横に目線を移すと、旦那が隣にいるのを発見!) あら、あら、あらら~♪♪」 (私)  「(なぜ、ここに?)」 (おばさま)「お邪魔だったかしら~ (といって去っていく)」 (私)   「(終わった…)」 そして次の日からのウワサの的になったのは、また次の話で、 このときの旦那の一言が結婚を決めたのかもしれません。 旦那曰く 「あ~あ、パートのおばちゃん達にウワサされて、ダメになったのって多いんだよね」 なんですとーーーーーーー!! そうなる前に、結婚決めちゃった方が良くない?という心の声とともに、 参拝から30分後に、結婚することを決めたのでした。 【関連記事一覧】 大杉日香理の生成1~幼少編~  大杉日香理の生成2~未成年編~  大杉日香理の生成3~新米ママ編~ 大杉日香理の生成4~可能性開花編~ 

大杉日香理の生成4~可能性開花編~

実は人間じゃないんじゃないの~? という疑惑をもたれている@大杉日香理です。 いきなり釈明ですが、人間です。 人間以外のものになった記憶はございません~ 前回はこちら ⇒大杉日香理の生成1~幼少編~  ⇒大杉日香理の生成2~未成年編~ ⇒大杉日香理の生成3~新米ママ編~ さて神様のことを知ってもらいたい! 自分を活かし可能性を開花させて人生を歩んでもらいたい! という想いで2007年に主婦起業をしたのはいいのですが… 社会人経験も乏しく、ビジネスのことを何も知らない専業主婦ですから、 起業したはいいけれどどうしていいのかわかりません。 自力でHPを作成したり、チラシを作ったり、名刺を工夫したり、異業種交流会に参加したりと、 考え付く方法を実践し続ける日々。 それでも中々うまくいかず、、、 持ち出しの方が多い運営でしたが、今までの経験を活かして、 お客様とのご縁やビジネスを引き立ててくださる方とのご縁繋ぎを神様に頼ることに。 もちろん自分ができることはやっての上で、ですよ。 すると人とのご縁がご縁を呼び、加速度的に口コミが広がっていきました。 私自身が自分を閉じさせて活かせないために不安や焦りでうまくいかない体験をしているので、 それと共に自分ができることを知って、活かす場でしっかりと活かしていくことの大切さを実感していましたし、 そのためには神縁を深めること、神脈力を深めていくことも必須だと確信を得ました。 そして神様のご縁繋ぎという後押しが人を介して繋がっていき、 ビジネスにはもちろん、人生を変える出会いや、自分を高めてくれるご縁が連動して起こり始め、 そのご縁を自分なりに受け取りながら、今のアテアという形になっていきました。 歴史、宗教、心理学、文学、ビジネス、経営、スピリチュアルなどの総合的な知識をベースとしたメソッドを体系化し、2011年8月、株式会社アテアとして株式会社を設立。 企業としての立ち位置と役割、個人で行なってきたことが企業となったからこそ展開できるであろうこと。 参拝ツアーを行なうための旅行会社との提携やそれに伴う大型バスツアーも行なうようになってきました。 その矢先、突然の主人の他界で、 中学生の長男と小学生の次男、90過ぎの主人の父を養う立場になりました。 その時のことは詳しくはこちらにまとめてあります。 ⇒37歳で未亡人になりました 主人の死をきっかけに、シングルマザーが家計を支えることや、女性が社会的立場をもって働いていくことに、 何らかの形で着手したいと思うようになりました。 それとともに働く世代のひとりとして、次世代に繋いでいくことの大切さも実感し、方法を模索し始めました。 それぞれの方が自分を活かそうと思った時に活かす場のひとつとなるよう、 アテアという働く場を構築し、今に至ります。 アテアの各スタッフは就労条件も業務内容も異なります。 全員家庭がありますし、お子さんの有無や年齢も住む場所も多種多様。 それでもチームとして個人も会社も、そして一緒にお客様も神様も発展していくことが、 新しい時代の働き方の提案として実証付きで示すことができるという想いで運営しています。 実際にこの年になると死というものと関わる頻度も上がってきます。 私の場合は10年前の父の死からでしたが、その後も主人の母、主人と、 合間に親戚を数人はさみ、昨年末には主人の父を看取ることができました。 父の死に際し、父の産土神が迎えに来てまして。 魂(直霊・なおひ)が抜けていく状況を見たとき、 小学生の時に感じた光の玉の光景が思い出されて驚きです。 さすがに大人なので、子供の頃のような思考フリーズにはなりませんでしたが、 気のせいという感覚も持ったまま、その後も産土神と霊魂と身体との関わりを検証していきました。 直霊と四魂と意識との関係性、あの世との関係性を深く考察し、 それを体系化したました。 2014年から始めた直霊(なおひ)コンサルティングも、これらの魂(直霊・なおひ)と関わった経験から 現実を活かすためのエッセンスをピックアップして形作ったものです。 これらの様々な体験や知識、実践し検証し結果を出してきた上で構築されたものがアテアメソッドです。 アテアメソッドでは神様という目には見えないけれど、あなたをサポートしてくれる存在と交流を深めることで、 様々なあなたの可能性を開き、自分を活かした人生を歩みやすくすることをベースに置いています。 だからといって目に見えない世界に傾倒するのではなく、 あくまでも現実生活という人生の中で自分をうまく運ぶことを大切にしています。 大事にするものを明確にし、人生上において優先する配分を変えていくことが大切です。 それは大杉自身が小さい頃から大人になるまでに体験した神様との関わり方、気持ちの向け方、 ひとりの人間として、社会とどのようにかかわっていくかという在り方あって構築されたメソッドだからこそ。 アテアでは今後もより一層、あなたの個性を活かしながら、社会と調和していくお手伝いをさせていただき、 そのための人と神様とのご縁を繋いでまいります。 誰にでも可能性はあり、それは自分以外の他者とかかわることで磨かれていきます。 あなたがあなたらしくあるために。 そしてあなたの可能性を人生に活かして歩めるように。 長い連載でしたが、最後までご覧いただきありがとうございました。 【関連記事一覧】 大杉日香理の生成1~幼少編~  大杉日香理の生成2~未成年編~  大杉日香理の生成3~新米ママ編~ 大杉日香理の生成4~可能性開花編~ 

予期せぬ成功!!

お腹いっぱいで、お会計をお願いしたら、 結婚記念日ということでサプライズでケーキと写真のプレゼントが!!!! 心遣いがうれしいなぁー。

結婚して15年がたちました@ドラクエって。。。

本日9月23日は秋分の日。 そして心の恋人@B'zのイナバさんのバースデイ 更に、わたくし15年目の結婚記念日ですの。 イナバさんのバースデイだから、この日を結婚記念日にしたらしい疑惑をよくいわれる 今まで結婚記念日はもとより、誕生日にも数えるほどしかプレゼントをもらったことはないのですが。 ゼロではない、確かに。 でも五指に余る。 なぜか今年は結婚記念日にプレゼントをくれました。 それがコレ ↓ 実に嬉しい。もらえただけでなんでもうれしい。うれしい気持ちを超表現して、しっかり伝えました♡ 駄菓子菓子!! 女子として 花束や アクセサリーを希望する気持ちも間違ってはいない気がする。。。 だって、実際にWii(TVゲーム)をする時間なんてないのであります。 それを旦那 も知っているのであります。 満場一致で旦那は私のことをよくわかっているという結論になりました。 「そうなのか!!」 ぴかりんはMPが100上がった! 結婚15年。 旦那あっての私デス♡ 結婚したことで、HPもMPもグッと上がった気がするわ。 【関連記事一覧】 大杉日香理の生成1~幼少編~  大杉日香理の生成2~未成年編~  大杉日香理の生成3~新米ママ編~ 大杉日香理の生成4~可能性開花編~ 

37歳で未亡人になりました

(過去記事の引用です) *文章の順番や内容は考慮せず、気持ちや近況やお知らせなどを書 いています。 長いです。ご興味ある方だけご覧ください。 今朝の記事をご覧いただいて、メッセージやコメント、巡り巡ってお電話やメールなどを 多くの方々からいただき、本当に嬉しく思っております。 皆様のお心遣いに感謝しかありません。 すべての皆様に返信できませんが、お気持ちはしっかり私の元気の素にさせていただいております。 本当にありがとうございます。 この写真は去年の結婚記念日のとき。 15年の結婚生活で、一度も2人で出かけようなんていったことがない主人が レストランまで予約してデートした時のものです。 ⇒結婚して15年がたちました@ドラクエって。。。 ⇒デート@なう! ⇒予期せぬ成功!! その後の12月の私の誕生日も同じで、 誕生日を2人のデートで…なんてことは1度もなかったのに 結婚前に「連れて行くよ」と約束してくれていたレストランに連れて行ってくれました。 今思えば、無意識に気が付いていたのかもしれません。 ⇒結婚15年でこんなどんでん返しってあるんだね~ 来月の主人の誕生日は、私がレストランを予約してデートする予定だったんだけどなぁ。 もう、それもできなくなりました。   ええと、実は意外に元気です。 主人のことを思い出せば自然と涙は溢れますし、それは止める気もないですが、 日常は安定しています。 葬祭場の関係で葬儀が2月に入ってからですし、 今は諸処手続きなどを淡々とこなしています。 ぬぐいきれない喪失感はいつになってもなくならないでしょうが、だからといって泣き暮らすことでもなく、 生前の主人ならば笑って「私なら大丈夫」というと思うのです。 だから私は大丈夫です。     今月から、来月の葬儀の日にかかってしまったお客様方に、 ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。 本当にすみません。 振り替えやキャンセルのご連絡は追って事務より ご案内させていただきます。   仕事復帰初日が参拝ツアーとなります。 喪中の参拝についてですが、産土様を主体とする神様とのおつきあいでは 基本的に喪中だから参拝や神棚祭祀を控えるということはございません。 そもそも神社でもお葬式はございますし(神葬式といいます)、お墓もございます。 死とはケガレではなく、魂が肉体を得る前に在席していた場所に戻ることです。 割愛しますが、これを単純形式で行うことが神社参拝の意義のひとつです。 また、その方だけのマイ神様である産土様は、故人のあの世でのサポートも マンツーマンで行ってくれる存在ですので、むしろ無理のない範囲での参拝は故人のためにもオススメです。 神様は人間と同じようなお付き合いを望まれます。 人間同士でもお互いがつらいとき、嬉しいとき、くじけそうなとき、楽しいときに 分かち合いたいと思う絆がございます。 喪中でケガレたから入ってはいけないという神様はいません。 むしろ支えて後押しをしたいと思うものなのです。 このような神様とのおつきあいがベースとなっていますので 神様とのご縁を繋げる参拝ツアーを予定通り行うことと決めました。 とはいえ、諸処お考えもあるかと思いますので、 それはご自身のお考えを優先されて構いません。 神様ごとに、こうしなければならないということはありませんので。 主人は19歳年上の55歳。 来月で56歳。 雪の朝に会社に車で通勤して、ロッカールームで倒れているのを 出勤してきた同僚の方が発見してくれました。 このとき既に心肺停止だったそうです。 勤務先が病院ですので、すぐ救急が来てくれて蘇生措置をしてくれましたがダメでした。 同僚の方から電話をいただいて駆けつけましたが、 まるで眠っているような安らかな寝顔で…。 苦しまずに逝けたんだと、それだけが救いです。 出逢ったときから、本当に優しくて支えてくれて、泣き言は決して口にせず 私がつらいときは側で支えてくれ、でも自分はつらいとは口にせず。 まめまめしく、仕事でも家事でもなんでも人のために動き回り、 本当に子煩悩な人でした。 突然、伴侶がいなくなる喪失感といったら言葉にはできませんね。 大好きでしたが、失ってみると自分の気持ちがこんなにも好きで好きでしょうがなかったと気付かされます。 逆に、普段何も言わない主人が、私のいないところで私のことを話していてくれたことが耳にはいってきて、 主人の愛を感じているつもりが100%感じきれていなかったと気が付きました。 それでも、主人の残してくれた子ども達がいます。 昨日区役所を走り回って思いましたが、 幸い私には仕事があったり、ある程度子供も大きくなっています。 これが仕事もなかったり、収入も家計を支えられないくらいだったり、 お子さんが小さかったりという場合は本当に大変です。 今までも、仕事と家庭を両立しているお母さんやお子さんに対して なにかアプローチできないとか考えていましたが、 それがひとり親になったときのことも考慮に入れて、なにか会社で進めていこうと決めました。 まだまだ構想段階ですが、ゆっくりと着実に形にしたいと思います。   でも本当に今回ほど、皆様のお気持ちが心にしみこんだことは始めてです。 間までだってしっかり心に受けとっていたけれど、 そんなの序の口でした(笑) ブログやっていてよかったです。 皆様に支えられて、私は元気です。 これからも無理せずやっていきますので、どうぞ応援よろしくお願いいたします。 37歳で未亡人になるとは想定外だったなぁ。 もうちょっと2人で一緒にいたかったと思います。 旦那へ 「私は大丈夫だけど、ちょっと早すぎない? もう少し一緒にいたかったよ。 寂しいな…」

つきあって10日で結婚を決める1

旦那とのなれそめ。 うろ覚えの箇所もちらほら… もちろん大きな内容は覚えておりますが、そういえば神社に参って30分後に結婚決めたんですよね~(笑) この事実は最近まですっかり忘れていたのであります。 私と旦那は19才離れているので、私と旦那より、旦那とうちの母の方が年の差が近いですよね。 当時は病院栄養士。 をしていて、患者さんの食事を調理する仕事上、 お盆も暮れも正月もローテンションで出勤でした。 暮れ前のクリスマスからつきあい始めて、 暮れに1回食事をし、正月3日に初詣に行くことに。 初詣といっても仕事が終わってからだから、すっかり外は真っ暗でしたが。 もちろん神社も扉は閉まっておりました。 ま、当時は参拝のさの字もまったく知らないので、 どこの神社がいいとかはなく、職場から徒歩10分と20分の神社2社にお参りに行くことにしました。 今思えば、このときの神社の選択が私の結婚を決めたんじゃないかと思わなくもないんですよね… 神社に参ったことをすっかり忘れていたけど。 当時のお願いは細かくは覚えていませんが、 今の旦那と結婚できますように的な内容だったことは間違いはなく、 真っ暗な中での参拝を終えた後、運命のターニングポイントが訪れたわけです。 【関連記事一覧】 大杉日香理の生成1~幼少編~  大杉日香理の生成2~未成年編~  大杉日香理の生成3~新米ママ編~ 大杉日香理の生成4~可能性開花編~