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大杉日香理ブログ

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神社とお寺の違いを知って、もっと見えない世界の力を活用しよう

神社とお寺。どちらも古くから日本に伝わる祈りの場ですが、エネルギー的な違いがあるのでしょうか。今回は、神社とお寺の違いについてまとめてみたいと思います。

神社とお寺の成り立ち、目的、手段とは

神社とお寺のエネルギー的な違いを理解するには、成り立ちや歴史、目的の違いを知ることが大切です。それぞれ見て行きましょう。

まず、信仰しているものが違いますね。
神社は、(ここでは便宜的に)神道
お寺は、仏教を信仰する場です。

では、神道と仏教の違いはどうでしょうか。
仏教が伝来する以前の神道(当時は神道という言葉はありませんでした)は、日本人にとって生活そのものでした。
日常の安心安全を祈り、生活をより豊かにしていこうとするのが神道の目的です。
そして、そのための手段として神事やお祭りをおこない、今に伝わっています。

一方の仏教には、輪廻転生という考えがあります。
これは、人間は亡くなったあと再び生まれ変わるというもの。
仏教は、人生の苦しみから解放されること、つまり生まれ変わらない「解脱(げだつ)を目的としているのです。
そして、そのための手段として、お経を唱えたり護摩を焚いたりします。

このように、
神道の目的は「安心安全、豊かな生活のため」
仏教の目的は「解脱して苦しみから解放されるため」
という違いがあります。

目的や手段が違えばエネルギーも異なる

ひとくくりに「祈る」「信仰する」といっても、目的や手段が違えば、当然そこに発生するエネルギーも異なります。

例えば同じ「前進する」ことが目的だとしても、
自転車で進むか、車で進むかによってエネルギーは異なりますよね。

つまり、神社とお寺のエネルギー的な違いの背景には、成り立ちや目的、そのための手段といった違いが関係しているのです。

神仏習合の歴史を知る

では、どうして神社とお寺は混合して考えられることが多いのでしょうか。

これは、歴史の変遷のなかで起きた神仏習合が関係しています。

インドで生まれた仏教が日本に伝来してきたのは、6世紀。当時の日本人にとって、仏教は最新の「科学」「技術」でした。
あまりの影響力に、仏教を積極的に取り入れるか取り入れないかで、意見が割れたほどです。

そして蘇我氏と物部氏が争い、推進派だった聖徳太子と蘇我氏の連合軍が勝利したことで、日本は仏教を取り入れるようになっていきました。

では、このとき神道は滅んだのかというと、滅びていませんよね。
日本人お得意のお互いの共通項を見出して新しいストーリーを作っていくという動きが起きます。これが神仏習合です。

神仏習合とは、神様と仏様は、現れ方は違うが本来は同じ存在であるという考えです。
神社仏閣でよく聞く「~~権現(ごんげん)」も神仏習合によって生まれた言葉。これは、神様は仏様の仮のお姿であるという意味です。

反対に、「~~明神(みょうじん)」とは、神様が本質であり仏様が仮のお姿であるという考になります。

どちらが正しいということではなく、ここでは「習合してきた歴史がある」というのがポイントです。

神社とお寺は単純な比較はできない

ここで、このような疑問も持たれた人もいるかもしれません。

「神道と仏教は、その成り立ちや目的がまったく違うのにどうして習合してしまったの?」と。

たしかにそのとおり。ですが、人間はよくもわるくも都合よく捉えて納得を得たくなる生き物です。
人生がつらくて、そこから解放される解脱の考えに惹かれれば、都合よく捉えなおしたくもなるかもしれません。

また、神社とお寺は単純に比較できるものではありません。
仏教は日本に伝来した時点ですでに、バラモン教やゾロアスター教などの古代宗教の要素を吸収していたため、純粋な仏教から変化していました。
さらに現代の神社やお寺に残っている話がすべてとは限りませんし、情報に多少の違いもあるでしょう。

ですから、どちらがより凄いのかという比較はナンセンスなのです。

神社とお寺の歴史を“過去問”として捉える

神社とお寺の成り立ちや目的はそれぞれ違いますが、歴史のなかで変遷してきたという点では同じです私たちはこの変遷から学び、活かしていくことができます。

たとえば今、社会はウイルスの蔓延によって生活スタイルや価値観を変化せざるを得ない状況です。
時代にあわせて柔軟に変化していくことを「進化」と言いますが、今まさにそれが問われています。

今回お話しした神仏習合は、ある意味立派な「進化」だったのです。私たちの祖先は、ダーウィンの進化論を引用するまでもなく、時代に合わせて何度も進化を遂げてきました。神社とお寺の歴史を見るだけでも、度重なる進化を経験してきていると言えるでしょう。

この歴史を知れば、今を生きる私たちも試行錯誤しながら変化・進化していけるのだと思えるのではないでしょうか。

歴史とは「過去問」です。人間の脳みそは1万年以上目立った進化をしていないので、歴史の出来事は過去問として十分役に立ちます。

1000年前、2000年前の先人たちがどのような状況で、どのような判断をしてきたのか、自分ならどうするのか、どんな感情になるのかを考えることで、現代の問題に活かしていくことができるのです。

神仏習合の歴史も、その一つとして捉えてみてください。

神社やお寺の精神的な部分だけでなく、歴史を過去問と捉える視点も養うことで、より見えない世界の力を借りやすくなるでしょう。

まとめ

今回は、神社とお寺の違いや、そこから考えたい歴史の捉え方についてお話しました。
ぜひそれぞれの成り立ちなどの歴史や目的も意識し、現代の生活に活かしてみてください。

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