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大杉日香理ブログ

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縄文土器はどうしてあの形なの?感性をみがく「縄文とアート」の世界

最近は各地で「縄文」に関する展示会が開催されたり、縄文遺跡が世界遺産に登録されたりと、縄文への関心が高まっているようです。そこで今回は縄文をはじめ、歴史を知るときにもっておきたい「アート」の視点についてお話ししたいと思います。

縄文時代をとらえるための「アート」の視点とは

まず前提として、アートとはなにか?について考えてみましょう。
一般的には「芸術品」というとらえ方をすると思いますが、もっと大きなくくりでアートをみると「感性」というところにたどり着きます。

今回は、その「感性」についてのお話しです。

「感性」とは、少ない情報や限定された情報からなにかを表現しようとする「想像力」のようなものです。科学が発達した現代においては、想像や妄想の類は排除されがちですが、それでも「仮説」をたてるためには想像力が不可欠。科学の世界でも「想像力」は使われているのです。

人類が手にした想像する力

そんな「想像力」と私たち「人類」との歴史をひもといた、面白い本があります。
歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』です。

この本でハラリ氏は
「人間は、想像力をもったことでおおきな進化をとげた」
と伝えています。
ホモ・○○○という人類がたくさんいたなかで、どうしてホモ・サピエンスだけがおおきな進化を遂げたのか? その理由を「抽象的な思考をもつことができたからだ」と言っているのです。

抽象的な思考とは、「想像力」のこと。
つまり、私たちは何万年も前に「想像力」を得たことで、これだけの発展、発達、進化をとげることができたという考えです。

となれば、その当時の人々がどのような想像力を持っていのか? 気になりますよね。
科学がない時代の想像力ってどんなものだったのでしょうか。
そのヒントのひとつが、縄文土器です。

縄文土器のアートにこめられた意味とは

縄文時代は文字がなかったので、もちろん文献がなく、正確な情報は知る由もありません。

ですがそのぶん、土器などの遺跡からメッセージを読み解いていくことができます。たとえば縄文土器と弥生土器を比べてみると、よりそれぞれの特徴が見えてくるはずです。

この2つの時代の土器は、あきらかに作風がちがいます。

まずは見た目、デザインがおおきく違います。
縄文時代の土器を見たイメージはどうでしょうか?この不規則なうねり。だいたんな「流れ」を感じさせ、左右非対称で、あきらかになにかを“表現”しているような感じがします。



一方の弥生土器は、華美な雰囲気がなく、規則的な「型」があるような気がします。デザイン性よりも機能性を重視しているようです。
それもそのはず。弥生時代は稲作中心の生活ですから、いかに効率よく食料を確保していけるか、という思考がうまれた時代です。だから、土器にも生産性を求めたのだと考えられます。

こうして見比べてみると、縄文土器の機能性を追求しない「不便さ」が、よりアートっぽいなと思えてきます。

では縄文土器は何を表現しているのでしょうか?
私は「流れ」を表しているのではないかと思います。風の流れや水の流れ、炎のゆらめきなど、自然のなかにある流れは決して左右対称じゃありません。いつも流れていて、不規則な姿をしています。
そんなアシンメトリーな自然の姿を表現しているのが、縄文土器ではないでしょうか。

そしてそこに、八百万の神への思い、つまり「神様」を表現しているようにも考えられます。
(もちろん当時の作者の意向が文献に残っているわけじゃないので、これらは私なりの解釈です)

見えない世界を想像する力をもっていた縄文人

縄文人たちが表現した炎の動きや水の流れといった「流れ」。

このカタチは、最終的に「渦巻模様」に収束していくというのが縄文アートの特徴だと思うのですが、これはDNAのらせん構造にも通ずるカタチです。

もちろん当時はDNAなど発見されていませんが、当時の人々は、想像力によって、見えないはずの世界を見ていたのかもしれません。

このようにして先人たちは、自分たちが「神」ととらえているものをデザイン化して、日常の道具に落とし込んでいたのです。

まさに、日常的に神様と生きている感覚。ATEAではこれを「心に神を置く」と表現していますが、これを実践していたのが縄文の人々だったのではないかと思います。

科学の概念がなかった当時の人々の感性を、現代に取り入れていくと面白い反応が起きるはずです。まったく新しい切り口やイノベーションを生み出せるのではないでしょうか。

たとえば、昨今は「サステナブル」な思考を取り入れるのが当たり前になってきました。
でもそれを、もっともっと深掘りし、縄文時代の「八百万の神」の感覚も取り入れいくと、地球や宇宙全体に存在しているすべての生きものと共生していく感覚にまでつながるはずです。

共生しながら、進化していく——。まさに「やおよろず」の一部なんだよという考え方が、これからの時代は必要になってくると思います。

縄文・歴史のアートを学ぶ場所はたくさんある

縄文時代にかぎらず、アートを通して歴史の世界をのぞけば、当時の方々の感性とつながることができます。

「なんでこういうデザインにしたの?」
「どうしてこの模様なの?」

たとえ製作者の名前や性別がわからなくても、想像してみると、意外と現代を生きる自分と似たような感性、感覚があるかもしれません。たった一つのアートをとおして考えるだけで、当時の感覚をトレースすることができるのです。

そうして気付いた一つ一つの「点」が、想像力を働かせることで「線」になり、考える素材をたくさん与えてくれます。
有名な偉人の文献を通してだけじゃなく、名前も知らない作者がつくったアートを通してでも、歴史をみることはできるのです。

その素材は、全国各地に膨大にあります。
雑誌の『週刊少年ジャンプ』に長年連載されているマンガのように、長すぎてどこから読めばいいのかわからない!と思うほど。でもある意味、どこを入り口にしても面白い、豊富な歴史が日本にはあります。

ぜひお近くの資料館、歴史博物館などをさがしてみてください。灯台下暗しで、興味ぶかい歴史アートに出会えるはずですよ。

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