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大杉日香理ブログ

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神社は叡智の詰まった「図書館」だった! 成長を加速させる“見えない情報”とは

神社は叡智が蓄積された場所

みなさんは神社に足を運ぶ際、どんな目的を持って向かうでしょうか。
おそらく神様にお願いをするために参拝にいく、という人がほとんどでしょう。

ですが、神社という場所にはさまざまな存在意義があります。
例えば、神様をお祀りする場所だとか、お願い事をしにいく場所、または地元の人たちの交流の場所だとか、子どもにしてみると遊び場所ということもあるでしょう。

そのほかにも、歴史的価値があるとか、文化として貴重な場所でもあります。
人によっても捉え方は多種多様であり、意義としても一つではありません。

それを前提として、みなさんに知っていただきたいのが、神社は「図書館」としての機能も持っているということです。

というのも、全国にはいろんな神社が鎮座しており、さまざまな神様がお祀りされて今に残されているわけです。
これを別の視点で見てみれば、先人の叡智が蓄積された場所であり、そうした意味では神社は知の集大成ともいえるのです。

神社にまつわるすべてに意味がある

もちろん神社に足を運ぶ時はお参りやお散歩が目的の場合がほとんどだと思います。
ですが、あらためて神社という場所を図書館、つまり先人の叡智が眠る場所として捉えた途端、多くの新しい発見があるはずです。

例えば、祀られている神様は歴史上の人物なのか、神話に登場する神様なのか。
神話の神様だとしたら、いつの時代のもので、どのような物語が描かれているのか。
また、建物の彫刻に注目するなら、モチーフは何なのか、どんな意味が込められているのか。

境内に御神木があるとしたら、どんな種類の植物で、樹齢は何年なのか。
また、慰霊碑などがあれば、それは江戸時代のものなのか、それとも近代のものなのか。なぜそこにあるのか。

その他にも、信仰団体である「講」は、どのようなコミュニティを形成していて、どんな仏教行事をしているのかなど、神社にまつわるすべてに意味があり、見過ごしてしまうのはあまりにももったいない。

一つひとつを観察していけば、本当に幅広い知識を手に入れることができるのです。

神社では感度高く物事を捉えてみる

どんなに貴重な情報が目の前に置かれていても、それを情報として捉えられなければ存在しないのと同じです。
神社に詰め込まれている叡智は、感度が高い人にしか見えないように置かれているともいえます。

せっかく神社に参拝にいくのであれば、神社をあらためて図書館として捉え直し、ぜひ一つひとつに注目してほしいのです。

参拝の多くは、眼前の困難を乗り越えたい、目標を叶えたいという願いを神様に伝え、叶えるためだと思います。
それなら、自らがごあいさつや祈願している相手を知る、場所を知るという意味でも、「どんな情報がこの図書館にはあるのだろう?」という目線で捉えてみる。

すると、それが地域の文化を知ることにつながり、その地で生業を持つ方々との会話がはずむきっかけになった、なんてことも。
それもまた、ご縁がつながるということなのです。

雑学・豆知識こそアイデアの種

神社で得られた知識が今すぐ何かの役に立つとはいいません。
また、その知識は雑学や豆知識とも言い換えられるものかもしれない。

しかし、知識とは必ずしも何か意味があるから学び、得るというものではありません。
無駄だと思えることでも情報をぼんやりと持っておくことで、出会った人たちとの会話が成り立ったり、仕事につながったりすることも意外と多いのです。

これは、とある少年誌で連載している漫画家が実際に話していたことですが、毎週ストーリーを描く中で、どんな展開にするか、どんなキャラクターを出すかなど、編集者と打ち合わせるそうです。

その打ち合わせの内容はというと、ほとんどが雑談で、作品とは関係のない無駄話。
しかも会話中に話がいろんなところに飛んで、内容も雑多ということらしいのです。

ですが、そこからおもしろい発想が生まれたり、読者を魅了するアイデアにつながったりと、作品にとって大事な作業になっているということでした。

まったく目的とは違った情報も、点と点がつながり線になるように、ふとした瞬間にアイデアの種となって結びつき、斬新な発想を生むことがあります。
その種こそ雑学や豆知識であり、漫画家のエピソードはまさにそのことを理解して実践している好事例でしょう。

イノベーションは“枠外のアイデア”が生み出す

最近では、何でも無駄を省いて効率よく学ぼうとする傾向にあります。
ただし、それだと自分が興味のある分野や、効率よく学べるものしか情報として入ってこないという弊害を生み、非常に狭い視野になる可能性が高くなります。

しかし、イノベーションを起こすには、自分の思考の枠組みの外からアイデアを持ってくることが重要です。
そのためには雑多な情報に触れる時間が大切であり、あえて無駄に思えることにも興味を持って飛び込んでみることが結果的に大きな成長をもたらします。

そして、雑多な情報に浸ることで、物事を見る目や気づきをもたらす力を養うこともできます。

人はどうしても同じ環境の中で同じ業務を繰り返していると、視点が固定化されてしまいます。
それを防ぐためにも、あえて当たり前になっているコトやモノを観察してみる。
すると、今まで見えていなかった情報が突然目の前に可視化されてあらわれることもあるのです。

「学ぶ」とは、情報を受け取り、精査して、どう解釈するかというところまでを意味します。
また、得た情報を活用できるかどうかは、その人の力量次第。それを高めるためにも学ぶわけです。

そもそも、学ばずにお参りだけをしていても目標は達成できません。
一度、神社を図書館だという視点を持って足を運んでみることをおすすめします。
きっと驚くような発見があるでしょう。それがまた新たなご縁を呼び寄せるのです。