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大杉日香理ブログ

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神社参拝、ついでにお参りするのは失礼?「ついで参り」「迷子参り」「お礼参り」解説

皆さんは、目的の神社に参拝しようと出かけた際、たまたま通りかかった神社に立ち寄ることはありますか?人によっては「ついでにお参りするのは神様に失礼かも、また改めてご挨拶に行こう。」と思う方もいらっしゃるようです。今回は、このような「ついで参り」や「迷子参り」「お礼参り」など、さまざまな参拝ケースに隠されたメッセージを解説していきます。

ついでにお参りするのは失礼?ついで参り、迷子参り、お礼参り

 

ついでに立ち寄る「ついで参り」

たまたま見かけた神社に“ついで”に立ち寄る「ついで参り」は、神様に失礼なのではないか・・・このような声をときどき伺います。

結論から言いますと、「ついで参り」はどんどんしてください!神様はついでに挨拶に立ち寄ろうとする心をとても嬉しく思われています。

例えば、人間界で考えてみましょう。ふるさとの同窓会に参加するため帰った時、「せっかくだから祖父母の家にもご挨拶に行こう」となる場合があります。この時「ついでに来るなんて失礼だ!」とおじい様、おばあ様は思われるでしょうか?まったくなりませんよね。むしろ「お腹は空いてないか」「何か食べていかないか」と喜んでくださるはずです。

神様も同じように、ついでのご挨拶を喜んでくださいます。それに偶然出会った神社は、今あなたに必要な神社とも考えられます。なんとなく目に入った、なぜだか気になってしまった、というのは神様からのサインなのです。

しかし、せっかくサインをキャッチしてもそれに従わないでいると、どんどん運が悪くなってしまいます。「後押しは必要ありません!」と言っているのと同じですから、気を付けてくださいね。

 

「ついで参り」は「呼ばれた参り」!

 

気になる神社に偶然出会ったら、運が流れてきている証拠。目的地がその後になってしまっても問題ありません。流れに任せてみましょう。ぜひ神様からのお知らせを受け取りに、ついで参りしてみてくださいね。

ついでに立ち寄るついで参り

 

道に迷ってたどり着いた「迷子参り」

「ついで参り」とは別に「迷子参り」というものがあります。これは、A神社に行きたいのになぜかたどり着けず、迷った末にまったく違うB神社にたどり着いた、というようなケースです。

このような参拝ケースの時は、今の自分の状況を振り返ってみましょう。あまりにも目的意識がはっきりしすぎていたり、必要以上に責任感でいっぱいだったり、流れに身を任すことを良しとできなかったり、そんな時に「迷子参り」になることが多いのです。

 

神様が伝えているメッセージは

「そんなに考えて決めこまなくても良い。結局は良い方向にたどり着きます。」

というようなもの。

 

どんなに綿密なプランがあっても、人間の頭で考えることには限界があります。だから、そんなに考えすぎず、流れに身を任せてみては?というメッセージが来ているのです。

「迷子参り」を体験したあなたは、今の自分の日常を振り返って「考えすぎず、柔軟になってみる」ことを大切にしてみると良いかもしれません。

道に迷ってたどり着いた迷子参り

 

お礼のご挨拶「お礼参り」

願いごとを叶えていただいたら、お礼参りにいかなければバチが当たる、と聞いたことがあるかもしれません。でも個人的には、無理のない範囲でお礼参りできれば良いと思います。もちろん「面倒だから行かない」という考えは好ましくありませんが。

ただ、神様からの後押しをいただいたからこそ、現実が動いて忙しくなることもありますから、お礼参りに行けない程忙しいのはある意味素晴らしいことです。

お礼参りは遥拝(遠くから拝むこと)でも大丈夫。神様へのご挨拶に距離は関係ありませんので、ご自宅や職場から神社の方角に向かって、心の中に神社をイメージしながらお礼を伝えてみてください。

もちろん時間と労力とお金を使って参拝に行くというのも大切です。ですが、現実世界でやらなければならないことを後回しにするのはいけません。あくまで「現実を優先する」ことが大切です。

お礼のご挨拶お礼参り

 

お稲荷さんの誤解

お礼参りをしなければバチが当たるという噂は、お稲荷さんとセットで語られることがあります。しかしこれは誤解です。

そもそも「お稲荷さん」というのは一種のチーム名のようなもので、日本神話に出てくる宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)や、神使(神様の遣いの霊獣)、外来の仏教神である荼枳尼天(だきにてん)など様々な信仰が混ざり合っています。

「お礼参りをしなければ祟られる」

というような話は、実は外来の信仰に一部見られるものです。もともとの日本のお稲荷さんにそういう機能はありません。

 

しかし、祈りや思い込みなどの「想念」は想像以上に力があるもの。私たちが「お礼参りをしなければ怖い目に遭う」と思ってお稲荷さんに接し続けると、本当にそのような力を発揮するようになるのです。そうなるには想念の「時間」と「量」が比重するので、誤解され続けて長くなる昨今、そろそろ払拭しなければなりません。

 

「お稲荷さんは祟りません!」

 

自称「お稲荷さんの誤解を解きたい運動委員」の私から、声を大にして言わせていただきます。

お稲荷さんは祟りません

 

さいごに

今回は、神社についでにお参りして良いのか?という話からお稲荷さんへのお礼参りについてまで多岐にわたりました。「ついで参り」は「呼ばれた参り」ですので皆さん是非行かれてくださいね。そして「迷子参り」や「お礼参り」など、さまざまなケースの神社参拝をこれからも楽しんでみてください。