大杉日香理の生成2~未成年編~

実は600歳?いやいや3000歳でしょ?疑惑をすでに公認の事実とされている@大杉日香理です。

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いきなり釈明ですが、昭和生まれです。
明治でも江戸でもなく、まして室町時代やソロモン王の時代にいた記憶はございません。さて前回の続きです。前回はこちら
大杉日香理の生成1~幼少編~ 魂(直霊・なおひ)を初めて体験したのは、小学校2年生の時。
親戚が亡くなり葬儀に参列するために、親戚の暮らす地方に行った時でした。

地方なので葬儀も家で行ない、通夜の後に棺桶を覗いた時に、
薄っすらと感じる光の玉と、誰かからの声。

当時の私には超衝撃的で、誰にも言えずに思考がフリーズ。

今にして思えば、それは魂(直霊・なおひ)で、声は亡くなった親戚とその産土神だったとわかるのですが。

死んだらどうなるのか?

と考えるものの、まだまだこの世に未練たらたらで、怖くてその後も思考がフリーズ。
それ以降、子供時代には近親者の死と巡り合わなかったため、魂についての考察は保留となっていました。

何よりも怖いものを見たくないため、幽霊や心霊現象系はアクセスしないようにしてます(現在進行形)。
このスタンスが、後々活かされてくるとは思いもよらない小学校の頃でしたが。
あ、幽霊でもご先祖様は別ですよ。大事ですからね~

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短大時代に史跡巡りにハマっていたころのエッセイ。

出かける度に、旅行記をせっせと作っていました。

歴史に興味を持ったのは、覚えている範囲では小学校6年生。
鎌倉に遠足があったため、「源平合戦」を新年度早々に習ったあたりからですね。

その時にテレビで「武蔵坊弁慶」(中村吉右衛門~)が放映され、これが楽しみでした。

学校でも武蔵坊弁慶ファン(牛若丸と義経のファンですがね)ができ、
一緒に歴史を調べたり、壁新聞を月1回発行していました。

父親も社会科の先生になりたかった歴史好きなので、
当時時代劇を見ながら、いろいろと解説をしてくれたことを思い出します。

中学に入って大河ドラマで独眼竜正宗にはまり、両親に仙台&中尊寺へ連れて行ってもらいました。
続いて武田信玄で歴史上最愛の武将と出会いまして。

母の実家周辺は信玄関連史跡には事欠かないので、自然と足を延ばしました。
友人に大河ドラマの解説を延々と語っていたのはこの頃。

高校時代は史跡巡りとはいかないまでも、歴史ファンの友人にいろいろとレクチャーを受けていました。
興味ある時代が別なので、知らない話がわんさか。

短大時代にバイトで資金を貯めて、史跡巡りにハマったのもこの頃。
この頃も主に武田関連史跡。
史跡でその時代に思いを馳せるのが好きで、
資料集めのため現地の図書館や本屋に入り浸ることもありました。

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これは高校生の時の作品(未完成)
昨年末に大掃除してたら発見

幼稚園時代から絵を描くのは好きでしたが、小学校4年頃から漫画やイラストを描くように。
中学では部活仲間と共に、作品展やイラスト集などを作成。
高校でも同じく、部活の仲間とそれぞれの興味分野において作品作成やストーリー分析をしていました。

漫画のストーリーを分析して作成する実践を友人たちと繰り返すことで、
現在の活動にある神様からのメッセージを噛み砕いて言語化する力に繋がっています。
この辺りの手法は、2014年下半期に講座化を予定しています。

高校の時は料理にもハマリ、今でいうキャラ弁やお菓子作りを毎日していましたね。

特にお菓子作りは材料の配合や個性を考え、その時の食べる相手の味覚に合わせて作成。
学園祭でケーキ屋をしましたが(部活の活動内容とは全く無関係)、即日売り切れ。
売り上げ過去最高額。

チラシ作りや認知活動、カフェ運営に関して、
当たり前のように行なっていたことを思い出しました。

短大は栄養科へ。
就職活動はバブルがはじけて氷河期真っ盛りでしたが、
短大最後の夏休みを就職活動に費やしたくない!!
ということで、神頼み
で進めることに。

遊びと勉強のメリハリをつけ、やる時はやるスタンスで、
成績や学内活動で自分の価値を高めることに専念。

一般的な就職活動はしなかったけれど、短大の教授や就職課の方からの推薦で、
クラス内最速で国立病院栄養部に就職決定!

この時の神様へのお願いの仕方や現実的状況への転換(現実化)は、
現在の神縁ツアー(旧参拝ツアー)に活かされています。

し・か・も。
就職先で主人に出会ってしまったワケでございます。

長くなったので、また